Gentle Breeze - 2009/03


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2009年03月31日(Tue)▲ページの先頭へ
今日の猫



病み上がりですが、今日も生きてます。


いちめんのなのはな




2009年03月23日(Mon)▲ページの先頭へ
念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(9)

さて、果たしてなのです。
私が出会ったお方が、嘗て私が出会ったお方と
同じ神通力の持ち主なのか、
そこの所が甚だ怪しくなってきたのです。
私は信じたかっただけなのではないか、
だからこそ、常人ならば怪しいと思うことすら、
怪しいと思えなくなっていたのではないか、
そんなふうに思えてならないのです。
不信の思いは一週間の後に始まりました。
二十二番札所の和尚さんに会って
お礼を述べたときのことです。
「先日は、御紹介戴きまして、ありがとうございました」
「いいえ。それで、どうでした?」
「ええ、『わしが治しちゃる』とおっしゃって下さいました」
「そうですか。で、どんな霊障でした?」
「いえいえ、私がお尋ねしたら、『何、霊障?そんなもんは何でもない』
と全く問題にされていませんでした。流石ですね」
「そうですか。生まれつき霊感が備わっているそうですからね」
「えっ、そうはおっしゃっていませんでしたよ。
何でも鳴滝に打たれて感応を得たとか。
床下から出た不動明王の化身とかいう石も、見せて貰いましたよ」
「えっ、床下から出てきたのは元は愛媛にあったという鎮宅霊符神でしょ」
「いいえ、そんな話はされていませんでしたよ」
とまあ、こんな具合に話が食い違っているのです。
勧められた漢方薬を飲ませ、
勧められた山にも詣でていましたが、
一向に変化がありません。
「二週間もすればよくなるよ」というのは完全に嘘でした。
むしろ、良くない事が継続して次々に起こり続けています。
私の目は白内障だと言われるし、
自動車のタイヤはパンクするし、
お客は減ってしまうし、
猫は、また死にそうになっているし、
まあ、ろくでもないことが続いています。

でも、それもまた人生ですよね。
思い通りにいかなくても、
それはそれで受け入れて対処していけばいいのですよ。
そうやって、心を磨くのが人生の目的なのですから。
と、悟りを得た人のように達観できればいいのですが。

まだまだ、良くない事が続きそうな気がしてなりません。


2009年03月09日(Mon)▲ページの先頭へ
見事な梅

西国二十四番札所。
中山は中山でも、宝塚の中山寺。
それは見事な梅でした。








2009年03月04日(Wed)▲ページの先頭へ
念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(8)

この世の中には、
衆生を済度せんがために生まれてこられた
菩薩のような方がいらっしゃいます。
神通力を備えた、特別なお方です。
こうした特別な、お方の存在は、
ごく限られていますから、大半の人は、
出会う機会すらなく過ごしている筈です。
私は、たまたま昔、そうしたお方に出会うことができました。
ほとんど勉強らしい勉強をすることもなく、
高校や大学に合格できたのも、
このお方のお蔭だと思っています。
尤も、私のクラスにいたS君は、
私よりもずっと成績は悪かったのですが、
ご両親が、このお方に頼み込み、
図々しくも東京大学に合格してしまいました。
わが出身校の奇跡と言われた出来事も、
実のところは、このお方の神通力だったのです。

心配しなくてもいいですよ、S君。
世間の人は、誰もが君の「実力」を認めていますから。

私自身も大いに助けて貰っておきながら、
S君のことを言うのは卑怯ですよね。

さて、そのお方が亡くなられて、既に十数年。
今度のように、ほとほと困ったときに、
そんなお方がいらっしゃれば、
と思っていたのは事実です。
というよりも、
どこかにそんなお方がいらっしゃらないか、と
ずっと捜し求めていたのでした。
そうして、とうとう、そんなお方に出会えたのです。
まさに、観音様のお導きという他ないでしょう。


2009年03月03日(Tue)▲ページの先頭へ
念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(7)

2月20日の金曜日、
私なりに訳した陀羅尼を持って、
西国二十二番札所のお寺を訪ねました。
そこで尋ねたのは、まず、
陀羅尼経にある御祈祷をして戴けるか、
ということでした。
個人のために御祈祷はしません、という御返事。
ならば、私がそれをしてもよいのか、
という質問をしてみました。
修行をしていない在家の凡夫がすべきことではない、
との御返事。
それでは、私はどうすればいいのでしょう。
そこで、陀羅尼の字句について質問をしてみました。
勿論、私があやふやに思っている箇所についてです。
すると、別の和尚さんを紹介して下さいました。
私は、その別の和尚さんに、
何故、訳出を試みたかの経緯を説明しました。
要は、妻の病気を治してもらいたい、という一心で
観音様におすがりしたということであり、
陀羅尼の訳はそのための手段に過ぎないということを、
その和尚さんは了解されたようでした。
以下は、そのやりとりです。
「原因も解らずに祈祷するのはかえってよくないでしょう」
「原因といっても、そうした霊障が見えるのは限られた方だけでしょう」
「それは、そうです」
「和尚さんには見えますか」
「私には無理です」
「では、どなたか、御存知ないですか」
「私が個人的に知っている方が、二人おられますが」
「御紹介戴けませんか」
私は、この和尚さんにすがり、御好意により、
さるお方を御紹介戴きました。
そして、翌週、2月24日の火曜日に、
私は妻を伴って、そのお方をお訪ねしたのです。
驚きました。
まさに、いらしたのです。私が捜し求めていたお方が。