Gentle Breeze - 2009/02


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2009年02月17日(Tue)▲ページの先頭へ
念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(6)

とまあ、この辺りまでは、何とか正しく訳出できたかと思うのです。
参考にしましたのは、
先に申しました圓山達音師纂述の「陀羅尼字典」と
二十年ほど前から手元にある中村元先生の「仏教語大辞典」です。
ところが、先の部分に続く次の字句がよく解らないのです。



一切応賢滅除者

道を求めるすべての者に応(こた)えて、
(無明の闇を)取り除いて下さるお方です。


と訳してはみたのですが、



の部分がどうも怪しいのです。

インターネットの発達した今日ですから、
これが、どなたかの目に触れて、
正しく御指導戴けるかもしれません。
ともあれ、
このような怪しげな部分を、そのままにして
一通り訳出したものを、
近々西国二十二番札所のお寺に持参して、
改めて、教えを請おうかと考えております。
その顛末につましては、後日のお楽しみということで。


念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(5)

千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼

試訳出



南無三法

仏・法・僧を頼み、心より誠を捧げます。



南無聖観自在



菩薩摩訶薩

聖観自在菩薩摩訶薩を頼み、
心より誠を捧げます。




大悲者

(その観音様は)大きな心で
苦しみを取り除いて下さるお方です。




一切煩悩作断者

すべての煩悩を断ち切って下さるお方です。



一切衆生普護者

生きとし生ける者を、
普(あまね)く護(まも)って下さるお方です。




一切病苦能除者

あらゆる病苦を除いて下さるお方です。


念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(4)

さて、それからです。
この千手陀羅尼を、何とか読み解こうと思いました。
何とかして、読み解かねばならない。
読み解くことができれば、妻の病気は治る筈だ。
私は、そう信じ始めていました。
それにしても、何も解らないのです。
ともあれ、まずは梵字です。
何が何やら全く解らないのですから、
梵字が何であるかについて書かれた本を探しました。
これは、意外にも簡単に見つかりました。
しかし、梵字の書き方や読み方については書かれていますが、
肝心の陀羅尼の字句については、何も書かれていません。
それから、数週間後です。
表に密教大辞典を飾った、
カッパ横丁の古本屋さんのことを思い出し、
思い切って覘いてみることにしました。
その古本屋さんで見つけたのが、陀羅尼字典です。
あるじゃないか、ちゃんと。和尚さんの嘘吐き。
と、一瞬思いましたが、それよりも何よりも、私は嬉しくなりました。
まるで、私に見つけられるべくしてそこにあった、
というような気さえしてきたのです。

それから、悉曇の本と字典を並べ、
ともかくも訳を試み始めたのです。


2009年02月10日(Tue)▲ページの先頭へ
念彼観音力―彼の観音の力を念ずれば(3)

まだ、夏の暑さを引きずっている日盛りに、
観音堂の前でお経をあげていると、
涼やかな風が吹いてくるのです。
妻がそんな風になっていても、
私たちには、なんとなく幸せな時間が
流れているように感じられました。
確かに、ここには観音様がいらっしゃる、
私が、そう確信した所以です。

秋に入って千手陀羅尼を手に入れたものの、
私は、それを読み解く術もないまま、
ある朝、思い切って、
その陀羅尼を、やみくもに唱えてみたのです。
すると、どうでしょう、その日病院に出かけると、
何と、妻は朝から編み物をしていたというのです。
パーキンソン症もなくなっていました。
驚くばかりの回復です。
彼女は、すっかり爽快な気分になっていました。
勿論、薬の処方を変えたことに因るものだとは、
認識していましたが、これほどまでに変わるとは。
私は陀羅尼の力もあるのかなと思ったのです。

ところが、その数日後、妻は、ひどい不安に苛まれ、
再び夜も眠れなくなってしまったのです。
薬を急激に減らしたことが原因だと思われましたが、
同時に、それだけではないようにも思われたのです。
何の修行も出来ていない身でありながら、
皆目意味も解らずに陀羅尼をあげた私に対する勘違いに、
観音様が気付かれたのかもしれないと思いました。